Good-for-Nothing2016-02-01

入学試験、職業から人間関係に至るまで、
あまりに数多くのことで
「役立たず」の烙印を押されるのは、
とにかく辛いことだ。

たとえその「役立たず」が自業自得であっても、
とにかく辛いことだ。

人々は、ただ、その自業自得の因果関係だけに
注目し、納得し、そして、
それは自然なことだと理解して、
それぞれの道を行く。

なかには、平気で、
「失敗は成功の元」などと言いふらす人もある。
奇跡的に失敗が成功に至った経験があるのか、
それとも、
偉人さんの有名な話の丸コピーなのだろう。

ある種の人々にとって、
生きることは、
ただ「役立たず」と烙印を押され続けることだろう。
積み重なるそんな経験のなかで、
やがては、何かが折れる。

ぽかんと口を空いたまま、
世間一般の常識的な
肯定的な概念が
まったく理解できなくなる。

反発や反論を覚えて、
反社会的な破壊行動に走る人たちには、
むしろ、まだ、救いがある。
それは、非常識なりに、
邪悪なりに、反社会的なりに、
生きている証と力だろうからだ。

けれども、
もしかすると、
実感と自覚のある方が、
空しさという本質に近い場所にいるだけ
進歩的なのかもしれないと思う。

少なくとも、
奇跡的に恵まれた自分の取り分ゆえに
聖人のような正しさの衣を着て
酔っ払っているような
タチの悪い人たちよりは、
マシなのかもしれない。


Mellow My Mind2016-02-01

たしか、Neil Young の曲だったと思う。
"Mellow My Mind" というのがある。
私の心は、しばしば、そうつぶやく。
そうささやく。

この世の全てのシステムが
私の不都合を望んでいるかのように思えることがある。
実際には、そんなことはありえず、
この世の全てにとって、
ちっぽけな私が眼中にあるはずもないのに。

私は、不出来で、
ひとたび息をするだけで、
それは、おおむね、不愉快として
戻ってくるかのように思うことがある。

とても、とても、淋しく、辛い心境である。

いっそこのまま
どこかに投棄してもらえれば、
それで、関わりは消えて、
少しは楽になるように思うこともある。

人々の人生礼賛や人間関係礼賛に遭遇し、
私には、理解もできず、
ただぽかんと口を開いて、
それは、ほんとに、確かに、確実に
私にとっては、「人ごと」に過ぎない。

-----------



Truth Class2016-01-21


「真理」・「真実」というのは、
おおかた、個人的なもので、
たとえ「万人共通の」と形容されても、
やはり、そこには、
発言者の事情、都合、便宜のようなものがあります。

これは、子どもと親のやりとりの
「あの玩具を買ってほしい。
みんな持っているんだもの。」
「みんなって誰?」
「..... 。」のノリに近いものかもしれません。

まぁ、一般に、
いわゆる強調系の表現というのは、
揚げ足を取りやすいものではりますが..... 。

ですから、誰かが「真理」「真実」を
表現しますと、
「何を威張って..... 。」
「悟りでも開いたつもりでいあがる..... 。」と
思われることがないではないですが、
それぞれの発言者が
【幸福】や【心の平安】を得る場所や状態、
こういうものが、
その人たちなりの「真理」「真実」に
近いのだというのがあります。

かつて、都会生まれの有名な詩人は、
田舎の風景等を嫌った詩を書いたけれども、
田舎に生まれ育った人々には、
そこにこそ、やすらぎがあり、
それこそが、「真理」「真実」の
類と言えるかもしれません。

---------
qoheleth2007dec@gmail.com







物語2016-01-20

閲覧する人に対して、
少しずつお話できるような物語、
あるいは、毎回退屈させないような
それなりの展開なんぞの物語でもあればいいのだが、
相変わらずの
「無事」が継続されています。(^_^)

もちろん、それ自体、
ありがたいことではあるのですが、
やっぱり、単発的に
愉快ならぬ思いを繰り返すくらいで、
連続した展開や進展の類はなく、
加齢により、
墓場行き普通列車が
急行や特急に格上げでもされたかのように、
ますます時間の経過が早く感じられてしまいます。(^^;)

--------------
Qoheleth January 2016





Parang, Marikina2016-01-20

フィリピン共和国の
メトロ・マニラ(マニラ首都圏)の端っこに、
マリキナ市というのがあります。
何度か行ったことがあります。

フィリピン共和国というのは、
当たり前ですが、
いつ行っても夏です。

青空がとてもきれいです。

都市部は、そこらじゅう、お世辞にも
清潔できれいとは言えないのですが、
ただ、そんな場所でも、
上を見上げますと、
青空は、ほんとうに美しい。

ときどき、その青空を思い出したり、
日本でも真夏には空を見上げて、
「あー、フィリピンの青空のように
きれいだ。」と思ってしまうことがあります。

------------------
Qoheleth 2016






Heart's Desire / Heart's Disease2016-01-15

inspired by
"The Magic Path of Intuition" : Florence Scovel Shinn



日本語でも、
しばしば、「領収書のお祈り」と「請求書のお祈り」と
表現されることがありますね。
そのなかで、
「受領書のお祈り」の意味や意義についてのお話です。
次の「マタイによる福音書」言葉が関わってきます。

21:22
「信じて祈るならば、求めるものは何でも得られる。」

一方、
「信じること」よりも、
「願い」の度合いばかりが強いとき、
それは、しばしば、「請求書の祈り」と
呼ばれるそうです。


願いの度合いが強ければ強いほど、
それに比例して、
「欠乏」の宣言が強まる、
というのも、しばしば
説明されていることですね。

「欠乏の自己暗示」については、
「潜在意識への植え付け」と定義する
書物もあります。
そして循環的に
その度合いが深まって行く..... 。

そうなると、
すでに、「願い」は「病」に至っていると
いう意味になるのかもしれません。


------
qoheleth2007dec@gmail.com



Winter Days2016-01-15

冬の日々の朝は、
寒いけれども、
その分、なにがしか、「緊張感」があります。


--------------
qoheleth2007dec@gmail.com

test2016-01-14