#005 S荘にて2017-02-18



T町は、M市の隣だが、その間には、K府とF県の境がある。

そんなT町の海辺に面した宿のS荘。

海の見えない暮らしをしている者にとっては、
とりあえず海が見えたら、それは、間違いなく、ひとつの「風景」だ。
ありがたく思う。

大きな、大きな旅行よりも、
いつも、たいていは、ちょっとした小旅行を願っている。

日常からドア一枚隔てた「隠れ家」のような感じで、
たいして悪徳等の香りもせず、
ただぼーっと過ごすような時間は、
嬉しいものだ。

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岬の入り口までは、
住宅や商店のような町並み、そして、漁港等
T町のありきたりな日々の暮らしの風景が続く。
宿の直前では、道路工事さえやっている。
これは「無粋だ..... 。」とあきらめそうになった瞬間、
岬の先端のS公園付近に来て、
宿の建物と海が見える..... 。
いわゆる「観光資源」的な雰囲気が漂い、
その先には、ずっと「海」が続く。

滞在中天候はあまり良くない。

帰宅して、家の者に感想を聞かれて、
「ふつー」と答える。
「ほんなら、リピートはなしやな..... 。」と
家の者は言うが、
私には、それほど、悪いという感想もない。

行く先について、観光資源としての
格付け争いをしたら、
きっと上位に入ることはないだろう。
けれども、
そういうのは、私の心の中の格付けとは、
まったく異なる類で、
たとえば、旅行社の売り方の都合のようなものだろう。

だから、商品よりも、
自分の暮らしの都合のなかで、
ふと行ってみるような場所の方が私は好きだ。

日曜日客室のTVで、
ぼーっとテレビを見ていたら、
「日曜美術館」という番組のなかで、
「暮らし」という言葉が出てきた。
以前、レギュラーで司会をしていた、
太田治子さんもインタビューに出てきて、
若い頃同様、
あの独特の淋しそうな悲しそうなまなざしで
話していた。

休日のちょっとした収穫か..... 。


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Qoheleth





#004 PC (続き)2017-02-17


PCは、以前は、それに関わる用語や数値が
分かりにくく、その分余計に苦手意識を持つ人が
多かったと思います。

例えば、1990年に、
「10Mのハードディスク」と表現されても、
PCを使わない人には
何のことだか、さっぱり分かりにくかったと思います。

 >1990年代には、PCを使い始めると、
  HDDの普及以前には、
  1Mの容量のFDがどんどん増えて行きました。 
  たしかに、他の電気製品にはないような、
  用語や容量についての意識があれば、
  使い安い面がありました。

  Mで言い表されていたHDDの容量も、
  今では、T単位のものも増えて来ました。
  
  一方、CPUのクロック周波数については、
  Pentium のころに比べると、
  なんだか分かりにくくなってきたように思います。

  性能向上の加速度自体は落ちたようですが、
  名前というかブランドというかは、
  インテルだけでもずいぶん増えたように思いますね。
  以前は、386 > 486 > Pentium くらいの流れだけでしたからね。

                                                --- 大嶋庵風狂の士 寿恵次     
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1990年代初期、
国内のPCといえば、「NECーPC98シリーズ」のことだと思っても
先ず間違いなく、PCとしては圧倒的なシェアでした。

当時、HDDを最初から内蔵している機種は、
ほとんどありませんでしたが、
ROMとして、ROM-Basic というのが入っていて、
何もしないで、電源を入れると、先ず、それが起動しました。

けれども、
ほとんどの人が、MS-DOSを使いましたから、
2つあるFDDのひとつにFDを入れて、
そこから、OSを起動させるのが普通でした。

FDDが二つあって、
そこにシステムやデータのFDを入れて使うというのは、
当時ニホンで一般的だった
「ワープロ」と同じ使い方でした。

今から思うと、
「ワープロ」も、おそらくは、
MS-DOS を若干アレンジして動いていたように思います。
で、ROMとして、日本語のフォント等を
持っていて、「NECーPC98シリーズ」は、
そんな「ワープロ」に近かったのかもしれません。

当時の「ワープロ」は、
メーカーが異なればほとんど互換性はなかったのですが、
すでに、
「ワープロ」機能以外に、「表計算」や「データベース」や
「通信」の機能がひとまとまりになり、
たいていは、筐体のなかに、
専用の印刷機を持っていました。

こういうニホン国内の状況を見て、
マイクロソフトのような会社も、
最初のうちは、
ニホンには、「ワープロ」があるから、
MS-DOSで動くようなPCは普及しないだろう、
という予測もあったようです。

「ワープロ」に対して、
「純PC」の利点は、
機械のメーカーが違っても
同じアプリケーション・ソフトが出力するデータには
互換性があることでした。

通常の事務作業では、
とりあえず、「一太郎」のワープロ機能や
「ロータス123」の表計算の機能が
一般的でした。

他にも、「NECーPC98シリーズ」対応のもので、
すでに、販売管理、給与計算、財務管理というような
一般的なアプリケーション・ソフトは
たいてい揃っていました。

その頃、海外では、
IBM-PCの互換機である、いわゆる「AT互換機」が普及していました。
「AT互換機」は、
いくつかの国では、
かなり安い値段で売られていたのですが、
国内のワープロ専用機や
「NECーPC98シリーズ」のように
ROMとして、ハードウェアに
日本語表示の能力がありませんでしたから、
とりあえず、日本語が使えないということになっていたのです。

ところが、その「AT互換機」で
ソフトウェア的に日本語を表示出来る
MS-DOS/V というOSが発売されるに至り、
国内でも、だんだんと、割安のAT互換機が
普及して行きました。

やがて、NEC以外のほとんどの国内メーカーも、
AT互換機を製造するようになり、
国内のシェアは、
マックは別として、「NECーPC98シリーズ」と
「AT互換機」(DOS/V機)ということになって行きました。

”Windows 3.1” をきっかけに
ウィンドウズが普及しはじめた1993年頃、
それがおおよその国内の状況でした。

ですから、日本語のウィンドウズには、
しばらく、AT互換機用とPC98用が
並列していたのです。

「NECーPC98シリーズ」は、
独自の日本語BIOSも持っていたので、
HDD起動が一般的になると、
とりあえずHDDはAドライブ、
あるいは領域が分割されていれば、次にBドライブ.....
という割り振りがされていました。

一方、AT互換機では、
元来の2つのFDDにAとBを振っていたので、
HDDが普及しはじめると、その次のCドライブに
システムをインストールして行くという形になりました。

今、ほとんどのウィンドウズPCで、
Cドライブがシステムドライブになっているのは、
その名残だと思います。

自社企画をやめて突然「AT互換機」に移行してしまった
メーカーには、ある程度、国内でのシェアを占めていたところもあり、
富士通などは、その突然の移行で
長年のユーザを戸惑わせることになったのですが、
「NECーPC98シリーズ」の場合は、
かなり漸進的に、穏やかに、
AT互換機に移行していったという印象があります。

ハードウェアの規格が更新になるたび徐々に、
「NECーPC98シリーズ」独自の部品が
AT互換機のものに変更されて行き、
結局、21世紀の冒頭までには、
NECのPCも、事実上のAT互換機になっていたようです。

そのへんの事情もあり、
ウィンドウズも、”Windows 2000” (NT 5.0)までは、
AT互換機のバージョンと「NECーPC98シリーズ」のバージョンが
存在しました。

 >変化の激しいPCのハードやソフトですが、
  1990年代は、
  それ以前、あるいはそれ以後よりも、
  なおいっそう変化の激しい時代だったと記憶します。
  ウィンドウズは、
  ある意味、”Windows 3.1” に始まり、”Windows Vista” (NT 6.0)に
  終わったという感があります。
  その間約10年は、マッキントッシュは、別として、
  ウィンドウズ以外は考えられないと
  言ってもいい時代でした。
  あるレベルのPC神話は、21世紀の到来と共に崩壊し、
  その数年後に、
  ほぼ完全に認識されてしまいました。
      そして、その果ての、「純PC」以外の
  ハードウェアの占める比率です。
  一方、
  売り手は、今では、
  「最新+高性能」について、
  かつてのPC神話をそのまま移行できるような
  分野を必死で模索しているのかもしれません。
  広告等に関わる表現のなか、
  「ゲーミング」というのが、
  以前よりも強調されるようになったのは、
  そのひとつの例かもしれません。
  PCの商品群のひとつにしようとする
  試みもあるようです。

                            - PC Fan 
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【300bpsのモデム】
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PCに関わる数値は、
いろいろ覚えていた方が便利なものがありますが、
1990年当時すでに、中古品でしたけれど、
モデムの通信速度 300bps というのが印象に残っています。

どうしてかと言いますと、
300bpsというのは、理論上、
おおむね、秒間37.5バイトくらいの転送速度になりますから、
2バイト日本語では、秒間約18文字ということになり、
これは、分速で約1000文字になりますが、
もちろん、これは、理論的な最高速度で、
実際にはもう少し遅くなり、
【パソコン通信】の時代、
画面がちょうど、読むのに適した速さで流れて行くのです。

日本語の音声としての話の速度は、
たとえば、
しゃべくり漫才のように、
相当な早口であれば、1分間に400文字程度と
言われていますので、
だいたい理解できる話になります。

もっとも、同時の最高速のモデムは、
すでに 14400bpsくらいのものがありましたから、
これですと、まとめてダウンロードして、
あとからスクロールして読み直さないと、
とてもリアルタイムで追いつく速度ではありませんでした。

モデムは、やがて、その倍の28800bpsくらいのものも登場し、
インターネット接続の初期では、
そのくらいの速度でダイアルアップで
ブラウザ等を閲覧していたのです。(^^;)

テキスト文字ならばそれで十分なのですが、
画像や音声等のダウンロードについては、
今では、想像できないくらいの低速だったと言えます。

”Windows 95” の新機能として普及しはじめた、
一般的なLANの速度が、
当時理論最高値10Mbpsだったので
インターネットも、せめてそれくらいの速度が標準になれば、
いろいろな可能性がありえると予想されていました。

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【PCのプラットフォーム】
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かつて、PCのプラットフォームは、OSだと言えましたが、
2017年の今では、
ウィンドズやアンドロイド等、
どんなOSからでもその種類自体はほとんど関係なく、
とりあえず「ネット接続」自体が
プラットフォーム化していると思います。
思い返すと、これは、やはり、
どこでも最低10Mbps程度の速度を確保できるようになってから
始まったことに感じます。

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【1990年頃】
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最初のPCである <NEC PC9801 DA/U2>を購入したころは、
PCを扱っている店に電話をすると、
ちょうど新車のクルマの販売のように
営業マンがわざわざ家まで来て「商談」をしたものだった。
確かにそれなりに高価な買い物ではあったが、
今となれば、
嘘みたいな、ほんとの話だ。

もっとも、基本的には(予算的には)業務用の購入だったので、
後々のアプリケーション・ソフトの販売等
継続する話があった。

給与計算と財務管理のアプリケーション・ソフトは、
一般的な業務用のもので間に合ったのだが、
販売単位の計算が少し複雑だったので、
既製品ではなく、同業者向きに作られたものを
改造してもららって使うことになった。
当初200万ともいう値付けであった
そのプログラムは、
最終的には、50万くらいになった。
土台になるデータベースの既製品ソフトだけでも
10万円以上はかかったし、
実際運用を初めてからも、
しばらくはは毎日開発担当の人間が通ってきて、
何か事例が発生するたびに、
その場所で修正を加えて行ったから、
まぁ、仕方のない値段か..... 。

当たり前のことだが、
その職場の業務自体に詳しい者と、
ソフトウェアの作成一般に詳しい者は
必ずしも一致しない。

多くの場合は、業務自体に詳しいものが、
多少のソフトウェアの知識と共に、
例えば、メニュー展開だとかを
頭に描きつつ、実際にキーを叩いて
修正を加える人間に希望を出したりする。

各業界や各職場によって、
驚くほど共通のこともあれば、
驚くほど違うこともあるのは、
言うまでもない。

ただ、21世紀の今よりは、
まだ少し開拓期のような雰囲気はあったかもしれない。
レベルは、今となれば、
ネットのキーワード検索で行き着くような
ちょっとしたエクセルのシート程度だったかもしれないが、
それなりに未知のことの取り組んでいる気分はあった。

PC一般、まだまだ、実験室の臭いがしていたように思う。

そのころ、PCがらみでなんやかんや工夫していたことは、
それなりの意義や価値があれば、
独立した用途になり、やがては、その専用機が普及したりする。

たとえば、今では、なじみの概念であっても、
そのころには、得体の知れないばくぜんとしたものだったり、
工夫の必要な過渡期だったりした。

「モバイル・コンピューティング」
なんていうのはその典型かもしれない。

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【Mobile Computing】
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専用の小型端末が既製品で販売される今、
<誰もが片手でやっているようなこと>さえ、
ちょっとした工夫やそれなりの道具が必要だったりした。

出来るだけ小型のノートPC、
モデムのカード、アナログのケータイ電話等々..... 。
<外出先でEメールを送受信する>という、
たかがそれだけのことだったが、
やってみると、新鮮な気分になったり、
また少し話題になったりさえすることがあった。

「モバイル・コンピューティング」というと
なんだか仰々しいけれども、
結局、この概念、意外に正しいところをついていて、
「人々にとって、PCに代表される電子機器が
共通に役立つ用途というのは、
結局、モバイルでもできるような使い方であり、
そのために、大きな筐体の機械や
最新・高性能のハードウェアは、
必ずしも必要ではない..... 。」

現在、
純PCを差し置いて、スマホやタブレット等の方が
どんどん売れることは、
その「モバイル・コンピューティング」の
意味や価値や売りの象徴だったということになる。

前世紀並の「最新・高性能」崇拝の行き着くところは、
そういうものが、少しでも価値や意義を持てるのは、
今では、たとえば「ゲーミング」というような
かなり限定的な分野になってしまった。

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【「最新」の「高性能」への幻想】
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2007年当時
「最新・高性能」崇拝のとどめに貢献したのは、
皮肉なことに、
自体の流れに大逆行してリリースされた
”Windows Vista” (NT 6.0)のようなOSだった。

実際には、ほとんどのユーザーにとっては、
過剰で、不要でさえある
ハードウェアの持てあました性能を
視覚上のGUIの無意味な厚化粧に使い、
それで、「新しさ」を演出する.....  という手口が
見事にそっぽを向かれたのだ。

  >OS自体としては、”Windows Vista” (NT 6.0)と、
 ”Windows 7” (NT 6.1)は、兄弟のようですし、
 必要とするハードウェアのスペックもほぼ同じなのですが、
 ”Windows Vista” (NT 6.0)の方は、
 その発売時期について、
 当時のハードウェアの平均的な性能に対して、
 ほんとにタイミングが悪かったと言えます。
 当時は、まだ、中古等も含めると、
 ”Windows Vista” (NT 6.0) が重荷になるような
 PCが圧倒的に多かった。
 当時は、明らかに境目の時期で、
 それを越えていたものなら、10年後の今でも、
 ”Windows 10” (NT 10.0)でふつうに使えていたりしますもの。

                       - 大嶋庵

ほんとうに新しくて便利なものがなにもありえないからこそ、
視覚的に分かるものをどんどんいじくって
「新しさ」を演出して行く.....  
という手法は、”Windows 2000” (NT 5.0)があるのに、
すぐ翌年に発売された”Windows Xp” (NT 5.1)から
始まったことのような気がする。

 >内部バージョンだけ見れば、
  ちょうど”Windows Vista” (NT 6.0)と”Windows 7” (NT 6.1)の
  関係と同じなのですが、
  ”Windows Xp” (NT 5.1)は、”Windows 2000” (NT 5.0)に比べて
  明らかに重いOSでした。

  少しPCに詳しい人なら、
  当時、”Windows Xp” (NT 5.1)が入っていれば、
  たいてい”Windows 2000” (NT 5.0)に塗り替えて使っていたと
  記憶します。

  それに、”Windows Vista” (NT 6.0)の登場のころまでは、
  ”Windows Xp” (NT 5.1)で使えて、
  ”Windows 2000” (NT 5.0)では使えないという
  ハードウェアやソフトウェアはほとんどありませんでした。

  ”Google Chrome” なんかが、”Windows 2000” (NT 5.0)への
  非対応がけっこう早かったと記憶します。
  やがて、Atok の最新版も、”Windows 2000” (NT 5.0)に非対応になり、
  さすがに、”Windows Xp” (NT 5.1)と差がついてきたような時期がありました。

  ”Windows 2000” (NT 5.0)は、少なくとも、
  消費者の使い勝手を基準にしたときの、
  「完成形」の一段階に当たると思います。

  GUIがほぼ”Windows 95” のもので、
  長くPCを使っているユーザーには、それも都合が良かったのですが、
  売り手からすれば、
  どんなに質のレベルでは良い商品でも
  販売のための視覚的な「新しさ」の演出が難しかったのだと思います。

  だから、なんとなく「初めての人への優しさ」を装いつつ、
  結局は、重苦しくて、色調や、メニュー階層なんぞを
  いじくりまくった "Luna" をデフォルトにして、
  それでも、後ろめたさは感じているから、
  「クラシック」として”Windows 95” のGUIも残したのだと思います。

                       ー Dekitateno Hoyayoya '79  



”Windows 2000” (NT 5.0)があえてあまり宣伝されなかったのは、
結局、すでに比較的性能の低いハードウェアで動く
安定したウィンドウズの存在に目を向けさせないためだったようにさえ
思われる。

”Windows 2000” (NT 5.0)に比べて
視覚的な印象以外、
ユーザーの受ける恩恵には
ほとんど差のない”Windows Xp” (NT 5.1)は、
その差がないわりには、
要求するハードウェアの最低推奨値が
ずいぶん変化している。

”Windows Xp” (NT 5.1)の発売の
2001年頃には、まだ、前世紀のPC幻想の名残があって、
その作戦は見事に成功したのかもしれない。

けれども、5年後、”Windows Vista” (NT 6.0)の際には、
ウィンドズは、あまりにも惨めだったように思う。
逆に言えば、
とても簡単で当たり前のことに
あたかもユーザが気付いていないと
大きな、大きな錯覚を起こしていたかのようだ。

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【PCとその周辺の激変の時期】
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たしかに、この5年間(今世紀の最初の5年)は、
ほんとは、PC等については、「激変」の時期だっただろう。
何よりも、
より多くの社会人が、
当たり前のように職場でPCに馴染まなければならない状況が
どんどん進行したからだ。

それと同時に、
より多くの社会人が、
IT講習会等で、各種閑人からなる「講師」の
講釈なんかに時間を割くよりも、
他の仕事の道具同様、現場で使って慣れてゆくことが
最良だと気付いたこともある。

 >平成12年ごろ、
  どこの田舎町にも、「IT講習会」の予算がつきましたね。
  当時は、すべての人の職場にPCが普及していたわけではないから、
  PCについて、時間の余裕から微々たる先行使用経験のあるのが、
  開店休業の店主・失業者、労働・子育て免除の有閑マダム
  のような階層の人たちで、
  彼/彼女は、日頃は手にしにくい、
  自己認識や自己肯定感に使える
  優越感が手に入るというので、「講師役」に殺到して、
  その役の取り合いになりました。
  ところが、それに反して「教わる人」は少なくて、
  あったとしても、現役社会人なんて先ずありえなくて
  年配の人たちばかり..... 。
  普通の社会人は、2-3年もすれば、
  職場で徐々にPCを使わざるをえなくなったので、
  すぐに、IT講習会でわざわざ講師役をやるような人たちの
  レベルを追い越してしまった。
  毎日仕事で使わざるを得ないわけですから。
 
                      - Hima-Jin

だいたい、素人ユーザーでも使えるように作ってあるものについて、
わざわざ、同様の素人から教わるために時間を割くなんて、
OJTに比べてどんなに非効率化かということが、
意識的に、あるいは無意識に、
多くのディスクワーカーたちが認識するところとなったのだ。

得意や不得意なんぞ、すでに関係なく、
<仕事でPC使わざるを得ない人たち>の慣れが、
<暇で遊びとしてPCにさわっている人たち>が取得する程度のものを
完全に上回ってしまった時期だったのだろう。

すべての人が特にPC好きというわけじゃないから、
みんなが具体的に説明できるわけじゃないが、
要するに、どんどん新規購入の必要な高価なハードウェアなんぞ
ほんとは、ほとんど必要ない、ということが
知れ渡ってしまったということだろう。

 >ウィンドウズについては、
  <1995年にGUI>が完成、
  <2000年に本体完成>というのが、
  少なくとも、ごくふうつに使うユーザーの抱く印象です。
  もちろん、開発者側からすれば、
  作り手なりにさまざまな技術向上があるのでしょうけれど、
  購買者/消費者でも分かるレベルでは、
  それに尽きるのだと思います。
  そして、いわゆる純PCの市場が、
  どんどんスマホやタブレットの市場に食われて行くのも、
  結局は、その購買者/消費者でも分かるレベルで
  優れているものに商品として軍配が上がるということだと思います。

                      ー 20世紀のPC奉行

そして、やがては、それを証明するがごとく、
性能は比較的低いかもしれないが、
気軽に持ち運びができる端末の売れ行きが
純PCの売れ行きを食って行くことになる。

言うまでもなく、スマホ、タブレット、PC、
形状や呼び名が違うだけで、
ほんとは同類のIT製品だ。

だから、IT製品について
「IT講習会で使い方を学ばなければならない」というような
一部の人間だけに都合の良い
とんでもない錯覚と間違いが
完全に駆除されたということだろう。

 >他人様に「教える」ということは、
  たとえどんな分野でも
  <真実に方向性を示すということ>だと思います。  
  けれども、「教える」ということを
  自らが教わる方に対する優越感のために
  無意識に利用しているような精神守銭奴の人たちは
  ありえます。
  だからいつまでもいつまでも、
  そんな人たちにとって、
  <自らが教えること>は、
  相手に必要でなおかつ難解である必要があります。
  ですから、そのための演出も必要になる。
  <やむを得ない難解さ>と
  <不自然な演出による難解さ>というのがあります。
  その違いを示すことも、
  教えの方向性たるべきことですが、
  優越感を得るための「教え役」は、
  先ず、あえて自分の立場を不利にするようなことはしません。
  世の中には、天性の教職者のような人もある一方、
  虚栄・見栄・体裁だけは激しく、
  人様に何か教えて優越感を感じられるようなバイトしか
  つまみ食いしないような怠け者の人たちもあります。
  
                    ー Unknown Net-Walker


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#003 PC2017-02-17


1990年代の最初にMS-DOSで動いていたPCは、
もちろんどんどんと<完成形>に近づく道中であったわけですが、
今となればずいぶん旧式の部分もありました。
当時は、いわゆるデスクトップPCは、
ノートPCに対して「よりおもしろい」と言われていて、
確かに今よりもずっと充実した「拡張遊び」が出来たと思います。
もちろん、そのなかには、廃れてしまったもの、
あるいは「拡張」がやがて「必須」となり、
「オンボード」(マザーボードに前もって組み込まれた形)に
なったりもして行きました。

>>どんな機械や道具にも、
  そういう歴史や経緯があるのでしょうが、
  PCは、比較的新しい機械ですから、
  ある程度の年代以上の人には、
  「完成して行きつつある姿」がよく分かって興味深いですね。
  当時、ほぼ、完成されていた「ワープロ」に対して、
  PC一般は、性能が高いのだけれど、
  まだまだ実験室のようなノリがあった記憶があります。
  様々な部品を接続して、それなりの設定を書いて、
  認識させて行くところも、
  第二世代(MS-DOS上で動くアプリケーションが
  ある程度普及していた時期)にとっては、楽しい思い出です。

                      - Mackay Bennette

主にモデムを接続するシリアル・ポート、
主にプリンタを接続するパラレル・ポートは、
キーボードとマウスや
RGBポート経由のディスプレイの次に、
メジャーなポートでした。

筐体を開けて、マザーボードに差し込むタイプは、
たしか、まだ、ISAの規格だったと思います。
記憶が正しければ、そこに、
アナログのモデム、デジタルのISDNボード、
あるいは、LANのボードなんぞを接続したのだと思います。

一方、ノートPCは、
PCカードスロットというのを持っていて、
様々な種類のカードが販売されていました。

インターネットの普及、”Windows 95” 登場というメジャーな節目と、
時を同じくして、USBポートの普及が始まり、
接続の規格は、かなり統一されて行った感があります。

あるいは、LANやモデム等の
通信に関わるポートは、上記のように
だんだんとオンボードになって行き、
現行のものでもその名残があります。

一般の消費者の使うLANは、
当時は、10Mpbsの規格で、
これは、当時、
「将来のインターネットの理想的な速度」とされていました。
そのころには、
0.0288Mbps の「高速モデム」や、
0.0640Mbps の「ISDN高速回線」による
ダイアル・アップの接続が普通だったのです。

10Mbps というのは、論理的には、
おおむね、毎秒1MのFDの容量を転送できるくらいの速度です。

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#002 面白くないこと 22017-02-16


<面白くないこと>は、例えば、
職業がお笑い芸人だったりしたら、最悪だ。
あるいは、どんな学校であれ、
教壇に立つような職業でも、致命的かもしれない。

ただ、広い目で見てみると、
なにも、<面白くないこと>が勤労者として致命的というわけでもない、
と当たり前のことに気付く。

個人的な記憶で言えば、
<面白い人>と思われたい時期は、
ある意味、欲深い時期だったと顧みる。

素人の女を笑わせたがったり
飲み屋のおねーさんに受けたがったり..... というふうに。

やがて、<面白さ>は、
特別自分だけに限られた役目ではない、
という、これまた、当然のことに気付く。

おもしろくて楽しそうな人だと思われて、
嫁さんに来てもらうのに少しでも良い条件が必要な時期や、
生まれた息子が、小さな子供で
少しでも楽しませてやりたい、と願ったような時期も過ぎた。

今、大きな意味での自分にとってのお笑いは、
例えば、職業芸人のお笑いに触れて、
笑う機会を得るようなことだったりする。

逆に言えば、
それくらい、素人様々が日常に挟み込むような「お笑い」は、
決まり切ったパターンだったり、
どこかで経験したものだったりする。

素人が、自称「お笑いに満ちた、面白い人」なんぞを
やって行けるのは、
少なくとも、受け手の人たちが、笑いたがる世代のうちか、
あるいは、親切に笑ってくれるほど、
刺激から遠ざかってしまった老人である場合に
限られるような気もする。

「純度」だけに極端にこだわってしまうと、
素人の自然発生的なものにこそ意義や意味を見いだし、
それなりの職業人の仕事よりも
上にさえ置くことがあるかもしれないが、
これは、「希少価値や意外性」の錯覚と
それゆえの過度の期待というものだろう。

「お笑い」を意図している素人の会話に
対応することくらい、
疲れることはないとも思う。

 >>> 意識的/無意識に関わらず、
「こうでありたい自分」を押しつけてくる人ほど
退屈で迷惑な人はありませんね。
いつも、それについてある一定の褒め言葉が欲しくて、
だらだらおしゃべりをしている。
で、「さすが、優しいんだね。」などと
決まり文句の褒め言葉で落としてやらないと、
自己申告のおしゃべりが延々と続きます。
ほんとうに迷惑なタイプだと思います。
そういう他人の褒め言葉を消耗品のように食い物にしないと
やって行けないようなタイプでしょうね。
こういう連中は、
そういうパターン自体を
「楽しいおしゃべり」などと思っているから、
人間関係なんぞ、ますます、恐ろしいものに見えてしまいます。
どんな集団でも、
一見、あるいは、めんどくさいのでとりあえず
「人気者」などと認識されているのは、
たいていは、そのタイプの半病人や精神異常の人たちだと思います。

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聞き手を振れる人が他にもいるときならまだましだが、
自分ひとりだと、
「笑って差し上げねばならない。」と、
ほんとうにしんどくなる気がする。

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Qo



#001 面白くないこと2017-02-15


我が身が認識する自らの<面白くないこと>、
もう初老の域の年代だからいいものの、
若者・独身等「これから人様にアピール」という世代なら、
まさに、「お先真っ暗」というところだろう。

一番苦手なのが、
しばしば理想ともされるかの「話題豊富」というやつで、
これは、もう、完全にお手上げ、
野球わからぬ、スポーツ一般わからぬ、ギャンブルわからぬ、
あれやこれやで、話にならない。

唯一の趣味らしきPC一般ではあるが、
これまた、ほとんど、前世紀の記録や思い出や感動というもので、
現行のものについては、
スマホさえ持っていないような人間である。

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かつて「物知り」と呼ばれるような人たちがあり、
例えば、地域の和尚さんとか、元学校の先生みたいな人たちで、
子供心にも話題が豊富でおもしろい人だなと思いました。
あるいは、私たちの世代が子供のころだと、学校の先生でも、
兵役を経験した人があったりして、
その体験談のようなものには、興味や関心が沸いたものです。
今は、ちょっとした知識等ですと、
【ネット空間】の検索で手には入ってしまったり、
あるいは、兵役の経験のある世代の人も少なくなってしまいましたね。
平和な時代も続いて、便利な時代にもなり、
「おもしろい人」であること自体が
難しい時代になったように思います。

                     - Mackay Bennette

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任意の人間関係の魅力は、
やはり、その人の客観的な魅力というよりも、
関係性のなかで蓄積された「親しさ」のようなものだと思います。
「身内/他人さん」というような区分けは、
古くさいように思えますが、
これ、やはり、一理あるというか、
知恵の言葉というか.....  そういう気がします。
現在は、そういう意味では、
偽物の「親しさ」が、ほんとうの「親しさ」に
すり替えられているような感じがあります。
もちろん、ほとんどの人は、
自己申告で、誰かとの「親しさ」を強調したがりますが、
それも、ほんとは、とても空しいことのように思えてなりません。
そこらじゅうで集めまくった「親しさ」で
飾り付けて装飾するよりも、
素直に、少し以前に流行した「お一人様云々」の
感覚を持っている方が、
私には、賢明なことに思えてしまいます。
そして、少なくとも、その方が、
「本質」の近くにいるような気がするのです。

                    - 大嶋庵風狂の士