てすと2017-06-25

てすと

スマホ その22017-06-25

私の場合は、
電話の通話自体は
用事があるときしか関わりがないし、
またその用事についても、
いわゆる私物のケータイで
関わることは
ほとんどない。

つまりは、
私は、ケータイを必ず必要とするような、
社会人でもなければ、
個人でもないということだ。

一方、趣味というか、お守りというか、
長年たいていの場合、
ネットに接続する端末を
持っているいるタイプだ。

そして、ほんの少し前まで、
それが、いわゆる
モバイルのPCだったというわけだ。

もちろん、その必要性は、
個人的な嗜好というか、
完成というか、
つまり、一切職業的なものではなく、
純粋な趣味の領域においてだ。

今世紀の最初の数年間は、
端末配備の遅れ気味だった
私の業界では、
業務用の備品として、
端末が必要数が揃わず、
やむを得ず、
苦肉の策のように、
私物の端末の
使用が許されていた時期があった。
(職務に私物を
使わざるをえない時期があった。)

ただ、やがて、それも整備されて、
今では、
私物を職務用と兼用するというような
ことはなくなった。

私のとって、モバイルPCは、
純粋な「玩具」の地位を得たわけだ。

ある種の常識では、
仕事で使うこともなく、
あるいは、通信系・交流系の
ソフトウェアを使うこともないのに、
おおむねつねに端末を
持っているような人間は、
変態のように思われるが、
PC好きの人間にとっては、
この類のデジタル機器の
存在自体が、
まるで、友達の存在のように
ありがたいものなのである。

一般論とは
かなり差があるだろうが、
魂の寂しさを
人間関係で満たそうとするのは、
ある意味、原始的であり、
幼稚な手法だと思うことがある。

気取っているように
聞こえるかもしれないが、
ごく
素直に考え感じるとき、
これは、正解だと思う。

人間というのは、
どうも、私が定義するような
「友達」の資質を満たしていないのだと
半世紀くらい生きて
やっと気がついた。

♪ 1年生になったら、
  友達100人できるかな

という歌のように、
多くの人たちは、
手放しで友達の価値を認め、
またその数が多ければ多いほど
良いことだと
思いたがるのだが、
どうやら、私は、
違う考え方、感じ方であるようだ。

若い世代の
「友だち不要論」は、
ある意味、本心とは反対の気取り
であることもあるが、
半世紀以上生きている人間にとっては、
それは、
ため息混じりの真実のように思う。

ポール・サイモンが、
‘’I Am a Rock" で歌うような
気持ちは、年齢が上がるとともに、
ますます深まってくる気がする。

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Written by "Qoheleth (♂ 1961-)"

スマホ2017-06-25


つい最近まで、
いわゆるガラケー族だった。
スマホを嫌っていたわけではないが、
関わり始めると、
自分でもハマるのが目に見えているような
気がして、
「画面が小さくて使いにくそう」
というような理由で
敬遠していた。

長年のキャリアである
ドコモで、
かの MO-01J の機種交換の
情報があった。
ポイントも溜まっていたので、
実質0円で、
使っていたガラケーと交換した。

すぐに、製品と、
最新の小さなカードが
送られてきた。

けれど、
これが、運の尽きだった。^^; アセアセ

MO-01J自体は、
良い商品だと思ったのだが、
さすがに、
4.7インチの画面は
小さすぎる感じだった。

そして、別のを探すうちに、
しっかり、
スマホ・マニアになってしまった。

最新の商品は、
さすがに高額なので、
いわゆる格安系に
いろいろと興味を抱いた。
並行輸入品や、
田舎でドコモを使う場合には
ほぼ避けられない
バンド19云々のことなんぞ
調べているうちに
どんどん
おもしろくなってしまった。

Written by "Qoheleth (♂ 1961-)"

SNS2017-06-21


SNS系は、
意外と早い時期から馴染みで、
前世紀の
いわゆる「あなたもホームページを作ろう!」
の時期がきっかけです。

当時は、通常通りに
閲覧してくれた他人様への
レス等にも配慮したり、
あるいは、それをきっかけに
関わりなんぞもありました。